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稲が豊かにお米を付けて、綺麗な黄金色の田んぼが増えてきましたね。
あちこちの田んぼでお米がたわわに実っているのを見ると、どれだけお腹がいっぱいの時でも、空腹感を覚えます。
日本人はお米を愛するように、遺伝子のどこかに刻み込まれているのでしょうか。

こんにちは、スタッフのきまたです。
お米が美味しい時期で、ついついご飯を食べ過ぎてしまいますね。
健康を考えると本当は白米ではなく玄米を食べたほうが良いのですが、私は断然白米派です。
カレーなどと合わせると普通にいただくことが出来ますが、鼻につく独特な風味があまり得意ではなくて、白米の代わりとして食べる分にはつい敬遠してしまいます。
それでも昔はお米を白米にする技術がなかった為、江戸のあたりまでは皆一様に玄米を食べていた。というのですから、現代に生まれたことに感謝せねばなりません。

そもそも玄米と白米というのは、同じお米からなります。
まずお米は収穫した稲から、硬い殻にあたるモミというものを除去することで、玄米になります。
玄米は見た目自体がそもそも茶色く、簡単に言ってしまうと、豊富な栄養素が詰まった皮を纏っているお米と言えます。
そうしてそれからその栄養素の皮を、精米と呼ばれる技術を用いて取り除いたものが、白米です。
言葉だけでみると、玄米の方が魅力的に見えますね。
では、玄米が何故主食の主流ではないかというと、ひとえに、本当に玄米は美味しくないから。です。

皆様は、大昔に流行った、江戸煩いというものをご存じでしょうか。
江戸煩いとは、書いて字のごとく江戸時代に横行した疾患の一つで、現代で言う脚気にあたります。
江戸煩いしかり脚気しかり、これらは健康な方であればバランスの良い食事を食べることが出来ていれば、まず起こり得ない病気と言われています。
つまり、偏った食事や、ある栄養の不足で起こる疾患ということです。
そして、その栄養素というのが、ビタミンB1
現代では、赤身のお魚や、豚肉、新鮮な緑黄色野菜、そして玄米などから摂ることができる栄養素です。

お米の精米技術が発達したのは、江戸時代のこと。
今まで食べていた玄米がつやつやの白米に変わった衝撃は、見た目のインパクトは勿論。味の美味しさも段違いで、人々に大きな衝撃を与えました。
しかし、現代と違い流通システムなどが確立されていない当時では、その技術はすぐには普及しませんでした。
それで白米は江戸の中でこそ主流になれど、田舎や地方の方まではその精米技術が伝えられず、田舎の人たちは明治頃まで玄米を食べていたそうです。

そんな格差が生まれた状態で、田舎などから江戸へ出稼ぎや奉公に来た人々は白米の美味しさに当然驚きます。
それで田舎から来た人々はこれでもかという程、白米だけを食べまくりました。
時代背景として、おかずをあまり食べられない状況であったことや、新鮮な野菜は値が張ったことなども、白米の過食に拍車をかけたことは間違いありません。

そうして白米ばかり食べた結果、田舎からやってきた人々には、もともとは玄米を食べていたおかげで摂れていたビタミンB1が不足してしまい、脚気の症状が出現してしまいます。
そうなると奉公にも支障が出て、脚気を患った人々は田舎へ帰されてしまいました。
ところが、田舎へ戻るとまた玄米を食べるのでビタミンB1を摂取することができ、脚気はあっという間に治るのです。
これが江戸煩いと呼ばれたものの原理で、白米がいかに美味しいかが分かりますね。


だからといって現代で脚気を起こす心配はそうそうないので、好きなものをたくさん食べて、適度に栄養に気を付けて過ごせたら良いですね。
現代に感謝しながら、残りの秋も楽しく過ごしましょう。